さて、前回の話から続けましょう。
前回は私がオートキャド(AutoCAD)を使ったCADオペだった頃の週末についてお話しをしてきました。
どうしてもこの仕事は瞬間的に忙しくなるときがありますので、ある程度はやむを得ない部分もあるでしょうが、まあそれはさておき…
■外注さんの出番がくる
忙しくなりすぎた私たちは、とうとう外注さんに図面の作図を依頼することにしました。とうとう…なんて言ったらちょっと失礼ですね。
ただ私個人としては、いつも一緒に仕事をしている訳ではないので、外注さんに仕事をお願いするのはあまり好きではありませんでした。
どんな図面が出てくるのかが読めなかった、というのが大きな理由ですね。プロ意識が欠如している方が多かったですし。まあこのあたりの話は、ただ単に私の運が悪かっただけだと思いますけど…。
とは言え、そんな個人的な感情は、仕事の場では全然必要ありません。会社という集団は、基本的に利益を追求する為に存在します。
なので、好き嫌いを優先させて利益を失うというのは、会社としては許されないことなんです。
とまあそんな訳で、外注さんの一人にトレースの仕事をお願いすることになりました。簡単な機械図面が紙ベースであり、それをCADデータとして作図していく仕事です。
縮尺がきっちり合っていれば、スケールをあてて寸法を測り、その通りに描いていくだけです。トレースは最も簡単なCAD作業のひとつですから、丸ごとお願いするには手頃な仕事なんです。
でもこういう仕事は、作図スピードが速い人にとっては「おいしい仕事」なんですよね。どうせなら自分でやりたいなあ、と、そんなことをうっすら思いながら、打合せをした記憶があります。
メンドクサくて複雑な図面ばかりやっていると、たまには単純な図面をシンプルに作図したいと思ったりしますし、そういう意味ではちょっとうらやましい気がしていたのでしょう。
特に問題なく打合せが終わり、外注の図面屋さんは帰っていきました。
作図の期限は、私が客先に提出する1日前の午前中、という設定(外注の方に言うのは日付だけですが)にしたので、あとはデータが届くのを待つだけです。
とは言え、他の作業で大変だから他の人にお願いする訳です。だから私が楽になるということはありません。データが届くのを待ちながら、違う物件の作業を目一杯やることになります。
■図面は出来たけど…
そして、約束の期日がやってきます。忙しく仕事をしていると、時間の経過が本当に早く感じます。私は相変わらず忙しいのですが、外注の図面屋さんもきっと最後の追い込みでしょう。
データを早いところ送って欲しい気持ちと、いざデータが届いたらすぐにチェックをすることになるので、今やっている仕事が一旦止まるなあという気持ちとで、ちょっと複雑な心境でした。
…が、結論から言うと、約束の時間には結局間に合いませんでした。(汗)
午前中の約束でしたが、データが届いたのは夕方の6時です。電話で話した感じでも、かなりお疲れの様子です。電話が終わったら、即寝てしまいそうな勢いです。
徹夜になるような仕事量と期限じゃなかったんだけど大丈夫かなぁ…とか思いながらデータを開くと、あまり大丈夫ではありませんでした。(汗)
一目見てすぐに「まずいな」と思う位ですから、じっくり見ていくにつれて、ますます状況は悪化していきます。
でも、その時はまだ幸せだったのだということを、当時の私は知る由もありません。
うーん…と、だんだん眉間にシワがよってくる私に、とどめの一撃が襲いかかって来ることを、その時は知る術もありませんでした。(←大げさ)
依頼した図面は10枚程度だったので、A3で印刷した完成図面とデータをあわせて見ていたのですが、そのうち3枚の図面を見るとどこかおかしいんです。
「ん?」という感じの、妙な違和感が図面から漂っているんですね。間違いなくヤバイ感じです。
「何かが違うな…」というのは分かりました。寸法の合計が合っていない時点で、間違いなくどこかしらで変な部分が発生しているハズなんです。
でも、色々調べてもそれほど大きな破綻は見つかりません。それでも私はしつこく図面のチェックをしていくと…。
それから10分後…私は今までにない疲労感、そして何ともやるせない気持ちと戦いながら、マウスを握りしめていました。違和感を感じた図面は、私の想像を遙かに超えた部分で破綻をきたしていたのです。
その3枚の図面は、詳細は忘れてしまいましたが、機械系の図面でした。
1400φの円に沿って、8ヶ所に取付用の穴が開いている図面でしたが、届いたデータをみると1400φの円がどういう訳か楕円で作図されているんです。…なぜ楕円で?
一般的な事だと思うのですが、φというのは円の直径を表す記号です。1400φといえば、普通は直径1400の円、ということになります。これは特別な知識じゃないハズです。…よね?
一方、楕円(だえん)とは縦と横の比率が違う円の事を指します。厳密に言うと違いますが、イメージとしては小判に近いモノがありますね。縦長だったり横長だったりしますが、縦と横の長さは必ず違います。
要するに、送られてきた図面は500円玉と小判くらい違う、ということです。って、あんまり違いが伝わりませんが。(笑)
早い話が、今回届いたデータの内3枚は、全く使えないので作図をやり直ししなければならない、ということです。ははは…
図面の修正にはいろいろありますが、楕円を円に修正する作業を考えると、描き直しが一番早いという結論に至ります。
■理由は何なのか?
どういった経緯でφが楕円になってしまったのか。これは容易に想像が出来ます。トレース元の図面が楕円に「見えた」というのが原因と考えて間違いないでしょう。
図面はコピーしていくと、段々伸びていくんです。何枚かを一度にコピー出来るようなカートリッジが付いている場合は特に。
伸びてしまったコピーを元図にしてトレースする訳ですから、1400φの円を見えた通りに楕円で作図してしまうのも無理はないのかも知れません。
…と言いたいところですが、そんな話は絶対に通用しません。図面を描いてお金を受け取る以上はプロなんです。
そしてプロであれば、φと記載がある部分は、それはいくら伸びていても円だと判断しなければいけません。少なくとも私はそう思っています。
作図者にはそのように苦情を言いましたが、事態はもはや彼女(主婦の方でした)の処理能力を超えてしまっています。翌日の夕方までに3枚を描き直す事は恐らく出来ないでしょう。
■最悪な解決方法
という訳で、結局は最後の、そして最悪の手段しか選択肢が残されていない状況となりました。あまり気が進みませんが、こればっかりは仕方がないでしょう。
最後の手段とは、社内で何人かの作業を中断してもらい、すぐそこに迫った納期に間に合う様に大至急再作図をすることです。情けない話ですが、これは担当者である私が各人にお願いするしかありません。
そして何故最悪の手段なのかというと、時間的に徹夜の作業となることが避けられないからです。徹夜というのは非常に効率の良くない作業方法です。
体力はともかくとして、集中力が続く時間にはどうしても限界があります。能力とか才能とかに関係なく、眠らないで仕事をしていれば必ず集中力は途切れます。これはどんな人にでも当てはまります。
集中力が切れた状態で図面を描いても、スピードは遅い、間違いが多い、など良いことはあまりありません。それでも、それでも、それを承知の上で、どうしても徹夜をしなければならないのです。
結果的にはとりあえず納期に間に合いましたが、図面の精度に自信があったかと聞かれると困るような状態でした。それも承知の上で図面を提出せざるを得ない。これはなんともやりきれません。
■失敗から学ぶ
この失敗で私が学んだのは2点あります。
ひとつは、「φ」や「r」や「t」など、サイズを表す記号は最低限覚えた方がいい、ということです。
知らない、というのは本当に怖いことです。
φなどでちゃんとサイズを説明してくれているのに、見る側の知識がないことによってその情報が読みとられないんです。プロとして、それではマズイです。
ちなみに、一般的な図面に出てくる記号については、今後詳しく説明していくつもりです。もう少し待って頂きたいと思います。
もうひとつは、自分が常識だと思っている事でも、相手にとっては知らないことであることが多い、という現実です。
これはいくら経験を積んでも、というか逆に経験を積んでいく程陥りやすい失敗かも知れません。
自分の知識が増えていくに従って、相手も自分と同じ程度の知識があると思ってしまいがちです。
私もいまだにこの失敗をしてしまいます。経験を積んだ人ほど、しっかりと相手のレベルを考慮してあげなければいけないのですが、なかなか難しい所です。
とはいえ、ある程度の所までは常識の範囲だとも思います。今回で言えば、やはりφの意味は知っていて欲しかったですよ。
だって、打合せの都度「φは直径を表す記号ですが、大丈夫ですよね?」なんて確認してられませんから。
そんなことやっていたら、いつまで経っても打合せが終わりません。個人的な意見ですが、私は無意味に長い打合せが大嫌いなんです。
経験がないのならば経験を積むしかありませんし、知らないことが多いのならば勉強するしかありません。勉強といってもそれほど難しかったり、暗記が必要だったりする訳ではないですから。
今回のお話は、私の失敗でもありますが、外注の図面屋さんの失敗でもあります。どちらにより罪があるのかは深く考えないでおくとして、もっとお互い勉強するべきでしょう。
ただし、失敗したとは言え、その外注さんからは後日きっちりと請求書が届く訳です。図面は普通に遅れましたが、請求書はきっちりと期日通りに届きます…。
妙なところでプロ意識の高い図面屋さんです。(笑)
それよりも、ここを読んでいるあなたが考えるべきなのは、今回の場合とまるっきり同じような失敗をしないことです。それが出来れば、私の失敗にも少しは価値がでてきます。
今はこうして普通にお話しできますが、その当時はとてもじゃないですが笑えるような雰囲気ではありませんでした。ああいう状況は、味わわずにすめばそれに超したことはありませんからね。